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神戸地方裁判所姫路支部 平成11年(ヨ)80号 決定

債権者

西川正道

外一四名

右債権者ら代理人弁護士(連絡担当)

吉田竜一

竹嶋健治

前田正次郎

平田元秀

債務者

株式会社アカシカハウス

右代表者代表取締役

赤鹿武

債務者

株式会社赤鹿建設

右代表者代表取締役

大東則彦

右債務者ら代理人弁護士

水田博敏

右事件について、当裁判所は、債権者らが共同して、本決定の送達を受けた日から五日以内に、債務者株式会社アカシカハウス、同株式会社赤鹿建設のため、それぞれ一五〇万円(合計三〇〇万円)の担保を立てることを保全執行実施の条件として、次のとおり決定する。

主文

一  債務者らは、債権者らに対し、別紙物件目録一記載の土地上に建築予定の別紙物件目録二記載の建物について、九階以上(八階を超える部分。ただし、屋上に設置されるエレベーター機械室を除く。)の建築工事をしてはならない。

二  債権者らのその余の申立をいずれも却下する。

三  申立費用はこれを三分し、その一を債務者らの負担とし、その余は債権者らの負担とする。

事実及び理由

第一  債権者らの申立

(主位的申立)

債務者らは、別紙物件目録一記載の土地上に建築予定の同目録二記載の建物の建築工事をしてはならない。

(予備的申立)

債務者らは、別紙物件目録一記載の土地上に建築予定の同目録二記載の建物のうち四階を超える部分の建築工事をしてはならない。

第二  事案の概要

一  本件は、別紙物件目録三記載の土地上にある同目録四記載の建物(以下「債権者建物」という。)に居住している債権者らが、同建物の所有権ないし人格権に基づいて、債務者らが別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)上に建築しようとしている別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の全部又は一部の建築工事禁止を求めた事案である。

二  当事者の主張

債権者らの主張は、本件仮処分命令申立書、債権者第一ないし三主張書面に各記載のとおりであり、債務者らの主張は、答弁書及び平成一一年九月三〇日付準備書面に各記載のとおりであるからこれを引用する。

第三  当裁判所の判断

一  前提事実

1  当事者

(一) 債権者建物は、別紙物件目録三記載の土地上に、平成九年三月頃に建築された分譲マンション(鉄筋コンクリート造六階建。高さ18.4メートル)であって、その概要は、別紙図面一記載のとおりである。すなわち、東側にあるAないしCタイプ一五世帯と西側にあるDないしFタイプ一五世帯から構成される建物である。また、債権者建物の一階は電気室、風除室、管理人室などのほかは駐車場、自転車置場となっており、二から六階までが住居となっている。

債権者らは、Eタイプの居室に、債権者吉川昌之・同希美(二〇五号室)、同近藤敏和(三〇五号室)、同竹中基(四〇五号室)、同馬場多津子(五〇五号室)、同八若豊久・同祐子(六〇五号室)の七名が、Fタイプの居室に、債権者山崎俊郎(二〇六号室)、同西川正道・同朋子(三〇六号室)、同山崎秀樹(四〇六号室)、同福浦清・同八重子(五〇六号室)、同小林孝道・同小裕美(六〇六号室)の八名が居住している。これらの者は、いずれも債権者建物及びその敷地を区分所有している者である。

(二) 債務者株式会社アカシカハウスは、住宅その他建築物の設計施工及び請負並びにその販売などを業とする株式会社であり、本件土地上に本件建物の建築を計画し、平成一一年六月二日までに同建物の建築確認を受けた者であり、既に建築工事を開始させている。

(三) 債務者株式会社赤鹿建設は、土木建築の設計施工などを業とする株式会社であり、債務者株式会社アカシカハウスと本件建物の建築請負契約を締結した施工業者である。

2  本件建物の概要

本件建物は、鉄筋コンクリート造一〇階建、戸数三六戸の分譲マンションであって、その概要は、別紙図面二記載のとおりである。すなわち、本件建物の最高の高さはエレベーター機械室部分の34.35メートルであり、屋上パラペット部分天端部分の高さは29.8メートルである。また、一階はエントランスホール、風除室、管理人室のほかは駐車場、自転車置場であり、二階から一〇階までが住居となっている。

3  関係建物の位置関係

本件建物と債権者建物とは、別紙図面三記載のとおり、債権者建物の南側に本件建物が建築される位置関係にある。

本件建物から債権者建物(債権者らの居住するEタイプ、Fタイプの居室)までの距離は、約六ないし一〇メートルしか離れていない。

4  用途地域

本件建物及び債権者建物の敷地は都市計画法上の準工業地域に指定されているが、条例による指定がないため、建築基準法五六条の二、同法別表第四所定の日影規制の対象外とされている地域である。また、両土地における建ぺい率は六〇パーセント、容積率は二〇〇パーセントとされている。

5  本件建物周辺の状況

本件建物及び債権者建物の立地条件は、山陽電鉄本線飾磨駅から北方に直線距離にして約五〇〇メートル(徒歩七分)で、JR姫路駅から南方に伸びる駅南大路という主要幹線道路から数本路地を隔てるのみで、姫路バイパス姫路南ランプから南方に直線距離にして約一キロメートルに位置するなど、交通環境は極めて便利である。また、生活環境面に目を転じても、大手スーパーのジャスコ飾磨店が南東方向に直線距離にして約四〇〇メートル(徒歩五分)に位置し、またさくら銀行、兵庫信用金庫などの金融機関、山陽病院などの医療機関、めぐみ保育園、姫路市立飾磨小学校、姫路市立飾磨中部中学校などの教育施設がいずれも徒歩圏内に存在しており、生活上の利便性も優れている。さらに、本件建物及び債権者建物のある一帯(本件地域)は、都市計画法上の準工業地域に指定されていることは既に述べたとおりであるが、その北側に二種中高層住宅専用地域が、南側に近隣商業地域が、東側に一種住居地域ないし商業地域が、西側に準工業地域が広がっている。このような地域は、一般に、将来にわたって土地の高度利用が図られていくであろうことが予想される地域であるといえる。現に、本件地域の現状は、町工場と駐車場と中高層の共同住宅が主体となっており、一戸建て住宅を中心とした地域とはいいがたい状況にある。

6  日照阻害の状況

(一) 本件建物が建築される以前の債権者建物の日照環境

債権者らが債権者建物を購入したのは、債権者山崎俊郎が平成一〇年一月で、その余の債権者らはいずれも平成九年四月であるが、債権者らが債権者建物を購入した当時、本件土地(本件建物の建設予定地)は山陽特殊製鋼株式会社の所有で、同社の二階建ての社宅、倉庫が建っているだけであったことから、右社宅などが債権者建物の日照を阻害することはなかった。この結果、債権者建物は、冬至においてもほぼ一日中良好な日照を享受してきた。

ただし、債権者建物は、建物西側に存するEタイプ、Fタイプの各居室よりも、東側に存するCタイプ、Dタイプの各居室の方が少し南側に出ているために、冬至や春秋分時には、早朝から午前九時三〇分頃まで債権者建物の自己日影が生じて、Eタイプ、Fタイプの各居室が現実に日照を受け始めるのは午前九時三〇分頃からである。また、債権者建物の南西には八階建マンションであるクリーンピア飾磨が存するところ、冬至や春秋分時、Eタイプ、Fタイプの二ないし四階の各居室には午後一時頃から午後二時頃まではクリーンピア飾磨の影響によって日照を受けられないが、午後二時頃からは再び良好な日照を享受できるようになる(なお、Eタイプ、Fタイプの五階、六階の各居室はクリーンピア飾磨の影響によって日影が生じることはない。)。

このように債権者らは、午前八時から午後四時までの八時間を基準にすれば、冬至においても約五時間三〇分ないし六時間三〇分、良好な日照を享受してきた。

(二) 本件建物が債権者建物に及ぼす日照影響

冬至及び春秋分時(いずれも午前八時から午後四時までの八時間)における本件建物による日照影響は、別表記載のとおりと一応認められる。すなわち、冬至においては、Eタイプの各居室は午前九時三〇分から午後四時までの六時間三〇分、Fタイプの各居室は午前八時三〇分から午後四時までの七時間三〇分、本件建物の影響によって日照を受けられなくなるところ、前述したように早朝から午前九時三〇分までは債権者建物の自己日影によって日照を受けられないのであるから、結局、終日日照を享受できないこととなる。

二  争点に対する判断

1  本件建築工事差止請求の当否における最大の争点は、本件建物による債権者建物に対する日照阻害が受忍限度を超えるものか否かである。

ところで、建築基準法その他の公法的規制は、一般的・概括的に種々の利益衡量を行っているものであり、将来建物建築を予定する者の法的安定性や予測可能性の観点からも、公法的規制への適合性は、私法上の受忍限度の判断に当たり、十分尊重されなければならない。

しかし、建築基準法における利益衡量は一般的・概括的なものであるし、そこに定められている基準は「最低の基準」であるから(同法一条)、公法的規制への適合性如何は、私法上の受忍限度と必ずしも一致するものではない。したがって、当該建物が同法における日影規制対象外の区域に建てられるものであることから、直ちに当該建物による日影が私法上の受忍限度を超えるものではないとみるのは相当ではない。すなわち、当該建物が日影規制対象外の区域に建てられることは、重要ではあるが、利益衡量の一つの要素にすぎないというべきであり、問題となる具体的・個別的な事情を総合的に比較衝量して、受忍限度を超えるものであるか否かを判断するべきである。

2  本件建物による日照阻害の違法性

(一) 一般に、日影によって生ずる被害の程度が社会通念に照らして社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく超え、かつ、それが、当該地域において一般に相当とされる態様とは著しく異なった態様の建築がされることによってもたらされるものである場合に、当該建築行為を違法と評価することができ、その結果、人格権ないし建物所有権に基づいてこれに対する差止請求権が発生するものと解するのが相当である。

(二) これを本件についてみるに、本件建物が計画どおり建築された場合、債権者らの居住する各居室にあっては、冬至において終日、日照を享受できないこととなる。このような日影の状態自体は、被害の程度があまりに著しく、一般に受忍すべき限度を超えているとも考えられる。

しかし、本件地域は、(イ)前記のとおり準工業地域であって、姫路市においては明示的に公法上の日影規制の対象除外地域に指定されていること、(ロ)その現況は、工場用地、駐車場と中高層共同住宅が主体であり、必ずしも住宅中心地域であるとはいいきれない現状にあり、かつ、(ハ)将来的にも土地の高度利用が図られ、建物の中・高層化が不可避的に進行していくであろうことが予想される地域であることにかんがみると、本件建物が一〇階建ての分譲マンションであることをもって直ちに地域にそぐわないものということはできない。

もっとも、前記のとおり、本件建物が債権者建物に著しい日照阻害をもたらすことからすれば、債務者らにおいて可能な限りの回避措置を講ずべきは当然である。しかるに、本件疎明資料によれば、債権者建物に生じる日照阻害を改善するには、本件建物全体の階高を六階以下に下げる等の重大な設計変更をしなければならないことが一応認められるのであって、そうすると、債務者らとしては、本件建築計画そのものを断念せざるを得ないことがうかがわれる。なるほど、日照権の問題は、人間の肉体的、精神的に健康な生活に重大な影響を及ぼす問題であるから、日照阻害の受忍限度を検討するに当たって安易に収益や採算の問題を持ち出すことが許されないのはいうまでもない。しかし、本件建物を目して本件地域の地域性に適合しない建物とはいえないことに加えて、その敷地利用計画もこの種のマンションの敷地利用計画として不相当なものということまではできないことにかんがみれば、隣地の所有者に対して、事実上マンションの建築を否定するに等しい結果となるような重大な設計変更を強いることもできないといわざるを得ない。

そもそも、右のような深刻な被害が生じている原因について検討するに、債権者建物は、その敷地が奥行きのある台形状の不整形の土地であるところ、戸数を確保するためか、T字型の特異な形状で敷地いっぱいに建築されており、そのことが本件の深刻な被害(冬至における終日日影)の一因をなしていることがうかがわれ、しかも、債権者建物が建築された当時においても、本件地域の地域性を考慮すれば、隣地に少なくとも同程度の規模のマンションが建築されることは当然に予測できた事柄であったといわねばならないから、債権者建物が敷地一杯に建築されていることにより不可避的に生じる一定の日照阻害については、債権者らにおいて甘受すべきものであったというよりほかない。

(三) 結局、債権者ら・債務者ら間の利害調整は、相隣関係を規定する法の趣旨に従って、相互の利益衡量を図りながらこれを行うほかなく、既に述べた諸事情を考慮すれば、日照阻害の点については、債権者らは債務者らに対し建物の設計変更に代えて日照阻害による損害の賠償を求めるよりほかないものというべきである。

3  その余の被害

本件全疎明資料をもってしても、本件建物が予定どおり建築されたとしても、本件建物の建築工事を一部中止しあるいは設計変更しなければならないほどの具体的かつ切実な通風阻害が生ずる事実は認められない。

しかしながら、甲第七〇ないし七五号証によれば、本件建物が予定どおり建築された場合には、債権者建物の南側開口部から南方を見た場合には著しい圧迫感及び閉塞感が生ずることが一応認められる。そして、右のような事態が生じた原因としては、(一)両建物が相互にかなり接近していること(両建物の相互間の距離は、約六ないし一〇メートルしか離れていない。)、(二)債権者建物が六階建てであるのに対し本件建物が一〇階建てであることによるところが大きいと考えられるところ、前者((一))の点については、両建物がともに狭隘な敷地の上に敷地一杯に建築されていることに不可避的に伴う問題であるから、これにより生ずる問題は債権者らにおいて甘受すべきものというよりほかない。しかし、後者((二))の点については、本件建物全体の階高を八階にまで下げる設計変更をすることにより、債権者建物に生じていた圧迫感・閉塞感を相当に緩和することができると思われる上、前記の日照阻害についても本件建物上空からの自然光が債権者建物に若干なりとも入るようになり、日照阻害の緩和を期待できる反面、この限度での設計変更であれば、債務者らによる本件土地上での、いわゆる分譲マンション建築計画の実現を著しく困難にするとも思われない。

4  したがって、債権者らは、債務者らに対し本件建物の八階を超える部分の建築禁止を求めることができるというべきであるが、本件建物が当初の計画どおりに完成すると、後日その一部を撤去することは著しく困難となることが明らかであるので、保全の必要性も認められる。

第四  結論

以上の次第で、当裁判所は、債権者らの債務者らに対する本件仮処分申立を主文掲記の限度で相当と認めて、主文のとおり決定する。

(裁判官柴田誠)

別表

205

ネオハイツ

姫路飾磨

※・8:00~16:00までの間

・30分単位

・ロワイヤル飾磨の影のみ

・以前配布した立面日影図を参考

・かかり始める直前の時間から記入(30分前)

2階Eタイプ

冬至

受影時間帯

9:30~16:00

合計時間

6時間30分

夏至

受影時間帯

13:00~16:00

合計時間

3時間00分

春秋分

受影時間帯

13:00~16:00

合計時間

5時間30分

H11.3.10作成

別紙物件目録〈省略〉

別紙

図面一・二〈省略〉

図面三

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